ただ一言 [3/3]
目が覚めたドランクは何も覚えていなかった。どうして裸で同衾しているのかも、昨夜あたしの耳元で何を囁いたかも。
ただ乱れたシーツとあたしの肌に残った色から何をしたのかは明白で、ドランクは謝罪を口にした。
「別に」
悪くなかった。痛くなかったと言えば嘘だが、その痛みを埋めるだけの言葉と優しさをくれた。
本人が覚えていないなら、それでも良い。与えた愛の対価となる言葉を寄越せと言われても、あたしには無理だ。
そしてあたしも、自分の中にある心の隙間に気が付く。父は家にあまり居なかったし、母の腕の中はいつもその時の末っ子のもの。一昨日まで帰っていた実家でも、今は名実共にあたしが一番上の立場だ。誰かに甘えて、その温もりの中で眠るのは、それこそ赤子の時以来かもしれない。
「本当にごめんね。もう二度としないから」
なおも謝る男の耳を引っ張る。
「あいたた」
「阿呆。また変な傷を増やしてないか、確認するからな」
「昨日のは魔法で消しとくよ」
「今消せ」
ドランクが傷口に手を当てて、離す。消えた赤い糸の様な痕を探すかの様に、自分の肌を見つめているドランクに問う。
「自分を切って楽しかったか?」
「僕の体だから、何しようが僕の自由でしょ」
咎められたと思ったのか、そんな言葉が返ってくる
「そうか?」
何かに囚われているから、足枷から目を逸らす為にやっているんじゃないのか。
「……そうすると落ち着くけど、別に楽しくはないよ」
「じゃあしなくて良いな。別の落ち着けて楽しめる趣味でも見つけろ」
「自信無い。やっぱり定期的に確認して?」
「ああ」
「あともう一回しよ?」
「急に元気になったな……」
「だって僕だけ何にも覚えてないんだもん~。僕だってイイコトしたい~」
「昨夜しただろ」
「だから覚えてないんだって~」
「わかったわかった」
二日酔い男を宥め、一度シャワーを浴びに行く。今日が休みで良かったな、と思った。
「スツルム殿さ」
「ん?」
「僕が傭兵辞めるって言ったらどうする?」
「勝手にしろ。と言う」
「ですよね」
ドランクは耳を下げる。そこにはピアスが増えていた。今度のそれは、コンビの証として二人で選んだ物だ。
勝手にしろとは言うだろうが、そのままあたしは傭兵を続けるだろう、とは言っていない。悪い方に解釈するのは、ドランクの癖だ。
灯りを消し、布団に潜る。間もなくしてドランクの方から腹を撫でてくる。もはや日課のようなものだ。
暗闇の中で肌を重ね、妙な凹凸が増えていないかくまなく探す。腕、背中、腿……。今日も大丈夫。
あれきり傷が増えない代わりに、愛の言葉を囁いてくれたのも最初が最後だった。でも、それだけその言葉の重みが増した。口先だけならなんとでも言えるこの男が、たった一言二言、言うのに毎晩苦労するのだから。
『愛してるよ。何処にも行かないでね』
この世の様々なものに手を出して、最終的にこいつが手元に残したいと思ったのは、あたしなんだ。何故かそれだけで、これまでより強く生きられる気がした。
今夜もとうとう、最初の一文字が出てきただけ。諦めてそのまま眠りに落ちたドランクに、囁いた。
「その時は、田舎にでも住むか」
あたしがこいつを満たして、こいつはあたしの隙間を埋める。それが出来るのなら、何処へでも。
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