宇宙混沌
Eyecatch

ただ一言


 虚しい、という言葉が似合う男だった。虚無感とか、虚栄心とか、そういう。
 確かに魔法の腕は良かった。身なりも傭兵とは思えないくらい整えて。滑らかに口から流れ出る営業トークには舌を巻いたが、それらからその男の本質を掴む事は出来なかった。
 気味が悪い。あたしに害意は無いようだが、それが余計に。あたしは昔から母や弟妹達の世話をする事が多くて、あれやこれやと仕事の面倒事を片付けてもらえるのも、有り難いがなかなか慣れなかった。
 いつのことだったか。仕事が早く片付いたので、その後ドランクの買い物に付き合っていた。ドランクは金が入ると、生活費を残して殆ど何かに使ってしまう。他に趣味らしい趣味も無く、あたしが休暇を取っている間も仕事を詰めているような奴なので、生活に困ってこっちにせびってこなければ何も言う事は無いが。
「着飾って楽しいか?」
 買う服の候補を鏡の前で体に当てている相棒に問えば、何故か唸りが返ってくる。
「楽しくはない、かも」
「じゃあ服なんて適当で良いだろ」
「良くないよ。身だしなみを整えるのも仕事のうち!」
 似たような事はドナにも言われた記憶がある。確かに、あたしの服はかなり汚れてきたし、それで金が無い、つまり稼げてない傭兵だと思われるのは不利か……。
「あたしも服選んでくる」
「えっ? うん、わかった……」
 意外そうな声を出したドランクだったが、宿に戻ってハンガーにかけた新しい仕事着に、更に素っ頓狂な声を上げる事になる。
「脚丸見えじゃない!」
「ブーツを履いたら太ももだけだ」
「おっぱいも!」
「おっぱいって言うな。ドラフならこのくらい普通だ」
 と、そこでドランクの新しい服に目を留める。店で試着して、そのまま着て帰ってきた。他にも指輪やら何やらが増えている。
「そういうお前はエルーンっぽくないな」
 いや、実はベストの下のシャツは背中の布が無いのかも? と思って脇から手を差し込む。
「あっ、ちょっ、くすぐったい!」
 逃げるドランクを追えば、バランスを崩してベッドに倒れ込む。宿代節約の為に、ツインの部屋だ。妙な事をしたら刺すとは言ってあった。
「なんだお前、本当に隙間の無い服だな」
 手を引き抜いてドランクの顔を見る。虚空を見つめていた。
「ドランク?」
「え? あ、僕シャワー浴びてくるよ」
 白々しくそう言って逃げる。実の所、着替えを見られたくない気持ちはドランクの方が強いらしく、あたしは奴の顔と首と手首から先以外は見た事が無い。
 曲がりなりにも傭兵なんだし、古傷でも隠しているのだろう。その時はそう思っていた。

 暫くして、ドランクはピアスを一つ開けた。少し単独行動をして、再会した時に気付く。
「痛くないのか?」
「開けたあと一時間くらいは。今はもうほとんど感覚無いね」
 ドランクは無表情で答える。
 先にドランクが待ち合わせの島に着き、いつも通りツインの部屋を取っていた。机の上には、酒瓶が何本か置かれている。高級品も混じっていた。ドランクは酒に強くないのに。
「この酒は?」
「仕事のボーナス。スツルム殿、飲むでしょ?」
「飲んで良いなら。その割に嬉しくなさそうだな。何かあったのか?」
「別に?」
「そんなことないだろ」
「心配してくれるの?」
 茶化してきたが、大真面目に答える。
「当たり前だろ」
 相棒なんだから。
 ドランクは言葉に詰まった様子で、暫く口をぱくぱくさせてから噤む。あたしは溜息を一つ。
「飲んで良いか?」
「……うん」
「お前も飲め。流石にあたし一人じゃ飲みきれない」
 コップを用意して、瓶を一つ空ける。ドランクは酔いが回って暑くなったのか、途中で上着を脱いだ。
 下着の隙間から肌が覗く。そこにあったのは規則正しく並んだ古傷と、それらと同じ向きの真新しい傷跡。見れば判る。戦いで付いた傷じゃない。だいたいドランクは回復魔法も使える。
「それ、どうした?」
「見つかっちゃった」
 ドランクはへらへらと笑うだけ。近寄ってシャツの裾を捲る。他にも沢山。もう殆ど消えかかっているが……。
「……ピアスもそうだな?」
 お洒落の為じゃない。自分を痛めつける為に。
 ドランクは答えない。それで解ってしまった。こいつがどうしていつも空っぽなのか。答えは簡単、底無しだからだ。
 金を稼いで、使い切れないくらい服や物を買って。常に移動しているから大半はすぐ手放してしまうのに、違う島でまた買って。知識や情報といった形の無いものまで貪欲に掻き集める。それでも満足出来た試しが無いのだろう。
 この悪癖は魔法を学び始める前からの様だが、だとすると、心の穴が開いたのは……。
 この時のあたしは、自分の中に湧き上がった憐憫のような、慈愛のような感情を、表す術をよく知らなかった。黙ってドランクの体を抱き締める。
「スツルム殿、だめ」
 もう十分回っているくせに、ドランクはコップに残った酒を呷る。
「そんな事されたら勘違いしちゃう」
 それでもあたしは離れなかった。何があったのかは知らないが、此処で手を離したら、壊れてしまう気がして。
 頬を青い癖毛に埋める。次の瞬間、強い力で抱きすくめられていた。
「だってずっと君が欲しかったんだ」

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