第5話:それでも共に歌は歌える [3/3]
「よっしゃあ、割れた!」
膝を抱えて座っているドランクの隣で、ラカムが歓声を上げた。しかしターゲットが窓際に来ていないのだろう、発砲はしない。
ドランクも顔を上げる。ブランシュの手下は、スツルムや騎空団の仲間がきちんと足止めしてくれているのか、まだ此処には来ていない。
「くそっ、戦闘が始まったみたいだ」
ラカムが言うので、ドランクも目を凝らす。ジータの回復魔法の光が見えた。
「まさか、敵に回復魔法をかけて戦う日が来るなんてな」
スツルムは仲間に負傷者が出る事を心配していたが、実際、バレンティンはブランシュが出血する事を危惧して彼女を指名したのだろう。針で刺した傷くらいなら彼女は瞬き一つで治せるし、少し切ったくらいの傷なら操る暇は与えない。かと言って大怪我になれば、ブランシュだって集中力が下がって操作魔法をかける速度が落ちる。
「……お前、わざわざ俺の近くで見る役買って出なくても良かったんだぞ?」
まだ涙の跡の残るドランクを心配して、ラカムが声をかける。
「今の僕を一人にしたら、多分あそこに行って乱闘騒ぎにしちゃうよ。僕は君の護衛、君は僕の見張り役、解る?」
「そうかい」
暫くの沈黙。そして、ラカムが引鉄に手をかけた。
バランスを崩した白い影が、割れた窓を乗り越えて落下する。ドランクは見ない様に膝に顔を埋めたが、それが一番下の階の床に叩き付けられた音は大きな耳で捉えてしまった。
もう二度と、あの名前で呼ばれる事は無いのだろう。
「その力にあやかって長生き出来ますようにって、お婆ちゃんが付けてくれたんだ」
自分の銃を見つめていたラカムは、ドランクの小さな呟きに顔を上げる。
「女みたいだからさ、両親は気に入らなかったのか、あんまり呼んでくれなかった」
「……そうか」
「ドランク!」
背後から飛んできた声に、ドランクは顔を上げて振り返る。
「なあに~? スツルム殿」
「もう行こう」
「おいおい、まだ前金しか支払ってねえぞ?」
「要らん。ドランクが無事に戻って来ただけで十分だ」
ドランクは笑って、無理矢理立たせようとするスツルムの手をぽんぽんと叩いた。秩序の騎空団を警戒しているのだろう。
「心配かけてごめんね。それじゃあ、団長さんによろしく」
立ち上がって喪服の裾を払い、袖から透かし彫りの短剣を出して、座席に置いた。
ラカムは颯爽と立ち去る二人の背を見送る。彼等が会場の外に出た所で、再び前を向いた。
割れた窓の向こうから、ジータが此方を見ていた。目が合い、彼女は微笑む。
ラカムはぎこちなく笑い返して、それから己の掌を見た。
「嫌なもんだぜ……」
銃ってのは。弾が飛ぶ反動は確かに手に残るのに、誰かを殺した感覚は伝わってこないのだから。
「俺の事は連行しないのか?」
「逃亡の意思は無いだろう? なら拘束する必要は無い。訊きたい事が出来たら、こちらから連絡する」
バレンティンはその返答を得て、ほっとした。モニカも微笑む。
「兄弟達が心配していると思うぞ。会いに行ってやれ」
言われたので、会場の反対側まで歩く。二人はラカムの隣に座って、指示待ちをしていた。
「終わったな」
アオイドスがバレンティンを労う。バレンティンは、二人に相談せずに事を進めた事を、今更ながら後悔し始めた。
ドランクにはお前は一人ではないなどと言っておきながら、一人で抱え込んだのは、自分も同じではないか。
「その……すまなかった」
「何がです? 非の無い時にまで謝る趣味が出てきましたか?」
ジャスティンはそう言うが、非は無きにしも非ずだろう。秩序の騎空団より先に、団長や二人に相談すべきだったのに。
本当は、最後まで黙っておきたかったのだ。自分のしてきた事を知られたくなかった、そういう気持ちが無かったとは言えない。
「……音楽の良い所は何か知っているか? バレンティン」
アオイドスが問うた。首を傾げていると、彼は何度見ても見飽きぬ美しい顔でウインクをする。
「楽譜さえ読めれば、誰とでもGIGができる事さ。相手の名前を知らなくても、言葉さえ通じなくても、な。俺は君とGIGが出来るなら、それで良いと思う」
「……すまない」
「そこは『ありがとう』と言うんですよ」
ドランクが残して行った短剣を弄んでいたジャスティンが、バレンティンの脚を斬り付ける。
「んふっ……ありがとう」
「ナイフのコレクションが増えたな、ジャスティン」
「いや、これは使えませんよ。幾らなんでも軽すぎます。まるで水ですね」
ジャスティンは短剣を持ったまま立ち上がる。
「秩序の騎空団に処理はお任せしましょう。特注との事でしたし、そこから辿れる共犯者の足取りもあるでしょうから」
「……あいつ随分まともになったな」
ジャスティンが去った後で、ラカムが呟く。アオイドス達は笑った。
「いや、奴は元から結構まともだぞ」
ベンジャミンの口調が飛び出す。だがその声色に棘は無い。
俺達は互いに、知らない部分がある事を知っている。俺達だけが共有している互いの顔もある。その、絆と呼ぶには脆くて儚い何かが、バレンティンにとっての宝物だった。
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