宇宙混沌
Eyecatch

第5章:それでも共に歌は歌える


「はああああああ!」
 最後の扉はガンダルヴァが力尽くで破壊した。その向こうには、白髪のエルーンが此方に背を向けて座っている。
「随分余裕こいてんじゃねえか。っで!」
 一番乗りで彼に近寄ろうとしたガンダルヴァが、突如見えない何かにぶつかって額を押さえる。
「魔法障壁か」
「任せて!」
 ジータが少し調べて、バリアを解除する。そこでやっと男は振り返った。
「ほう……」
 ガンダルヴァが感心する。他の仲間はそれぞれに驚愕の表情を浮かべた。
 振り返り、立ち上がったエルーンは、どう見積もってもドランクと同い歳くらいにしか見えなかった。
「活動時期からして、オレ様と同じかそれ以上の歳だと思ってたが」
「当たってるよ。この見た目は僕の研究の成果さ」
 声も若々しい。たが、決して強そうな見た目ではないのに、妙な威圧感がある。いや、不用意に近付けば操られる危険があるという緊張感の所為かもしれない。
「尤も、白髪だけはまだどうにもならないんだよね~」
 そこでエルーンは、押しかけて来た面子を確かめる。
「おや、てっきりセレストも来ると思ってたけど、ジェイドだけか」
 そしてバレンティンに声をかける。
「おいでジェイド。本当はセレストの方が食べたかったんだけど、君もあの後かなりの数の修羅場を潜って来たみたいだし、君から戴く事にしよう」
「断る」
 バレンティンが彼に飛び掛かる振りをして、窓辺から遠ざけた。その隙にガンダルヴァが窓を割ろうとしたが、上手くいかない。
「チッ、特殊強化ガラスか」
「当たり前でしょ。割れて客席に落下したら大変だからね。あと、この会場借り物だから」
 そんな事を言っている場合か? とモニカは彼を観察しながら思う。まだ焦りは見えていない。
「貴公には訊きたい事が沢山ある」
「生きてる間に訊き出そうって?」
 モニカを含めた全員がドキリとした。作戦がばれている?
「ああ、別に盗み聞きとかはしてないよ。ただ、僕の血の事についてはジェイドが話しただろうから、そうしたら僕の事を生きて拘束するのは諦めるかなって。薬物を使って眠らせても、起きてから血を流せば脱獄も簡単だし」
 頭が回る奴だ。ドランクが手こずるのも頷ける。
「まあ良いや。君達全員良い匂いがするし、死ぬ前に教えてあげるよ。何が知りたい?」
 死ぬ前に、というのは自分ではなく、騎空団の方か。焦りどころか余裕を見せられて、逆に此方が焦り始めた。
「人を食べる理由は何ですか?」
 リーシャが時間稼ぎを兼ねて尋ねた。内側から窓が割れないなら、外側から割ってもらうしかない。つまり、ラカムに連続して二発以上撃ってもらう必要がある。
 しかしそれは綱渡りだ。ラカムはかなり離れた場所から狙撃する。窓が割れていたって、動く小さな的を一発で仕留めるのは難しい。それに、窓を割る為に一発撃てば、気付かれて伏せられてしまう時間を与える事になる。割れた破片が当たって奴を出血させる事になるかもしれない。第一、外側から撃って割れる様な素材かどうかも不明だ。
 それに、先程ガンダルヴァが窓を割ろうとした事で、狙撃手の存在には気付いただろう。もっと前に気付いていて、既に対策を練ってあるかもしれない。ラカム達が無事だと良いが。
「ジェイドから聞いてないの? 僕の魔法はね、生き物の死体に細工をして食べる事で、この肉体に刻み込んでいくんだよ」
「……聞いた事が無い類の魔法ですね」
「だろうね。不老不死を研究している人間って、秘密主義者が多いから」
「やはりそうか」
 モニカは良い案が浮かばないか考えながら、訊き出せる情報を訊き出しておく。
「強い人間のみを狙って食べるのは願掛けか何かか?」
「うーん、どうかな。やっぱり、良い肉体の方が魔法の定着もしやすいのは事実でね」
 定着のしやすさを死の匂いと形容していたのか。
「意外と魔力の強い人間には定着しにくくてね。だからこの大会でも魔法は禁止してる。セレストは例外的……というか、あの程度の魔力であんなに器用に魔法が使える方がおかしいんだ」
 特殊な道具で色々工夫してるみたいだけど、とエルーンは笑う。
「まあ、それの成果がこの僕の姿という訳」
 不老不死の研究なんて、手を付けるだけ無駄なものだとモニカは思っていた。しかしこうやって実際に歳を取るスピードを遅らせているのを見ると、失ってしまうには惜しい知識だとも思う。
 だが、この男は人道に反する行為を繰り返した。処罰に値する。
「さて、他には? それとももう諦める?」
「んな訳ねえだろ」
 ガンダルヴァが再び窓ガラスを叩いた。大きな音が鳴る。
「うわ、本当に割る気?」
「当たり前だ」
 ガンダルヴァは剣の鞘も使って叩き続ける。何度か繰り返すと、ピキ、と希望の音が聞こえた。
「本当はお前とやり合いたいんだぜ。でも、操られて嫁さんと仲違いするような羽目にはなりたくねえからな。今日はこの硝子と力比べで勘弁してやるよ」
「んもぅ、だからそれやめてくださいってば」
 リーシャの声は、大きなガラスが割れて落下する爆音に半分ほど掻き消された。

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