第5話:それでも共に歌は歌える [1/3]
「最初からドランクの後をつければ良かったのか……」
モニカは見つけた進入路を再確認した後、姿勢を正した。
「作戦通り、突入は決勝戦の後、バレンティンと合流してからにする。今はまだ観客が入っているから、ラカムが狙撃可能な場所を確保できん」
「突入後は、ガンダルヴァを筆頭に、まずは窓ガラスを破壊してください。その後、ターゲットを窓際まで追い詰めます」
「団長も此方に合流する手筈になっている。アオイドスとジャスティンは、スツルムと共にラカムの護衛に当たってくれ。この規模の大会が開けるくらいだ、『亡霊』の手下は少なくないだろう」
「騎空団の皆さんにも、何人か追加で場内の警戒に当たってもらうよう、依頼してあります」
「ドランクはどうするんだ?」
アオイドスが尋ねた。
「……決めていない。彼の良心と判断に、任せる」
「さて、いよいよこれが最後の試合。セレスト選手とバレンティン選手の決勝戦です!」
それぞれが緊張した面持ちで舞台を見つめる。二人が現れた。
「レディー、ファイト!」
「降参しない?」
ドランクが問う。バレンティンは首を横に振った。
「……団長さん達が来てるって事は、あの人を捕まえようとかそういう仕事なんだっていうのは解るよ。でも、あの人は――」
「お前には殺せないさ、セレスト」
そう呼ばれて、ドランクは例の部屋を見上げていた視線を下ろす。黄みがかった緑の髪に、碧い眼。
「まさか……」
『君が思っているよりも近くに居るよ』
「そのまさかだ」
一瞬の沈黙の後、ドランクは何処かの螺子が飛んだかの様に笑い始めた。暫くして、呟く。
「本気で人を殺したいなんて思ったの、十五年振りだなあ」
袖から透かし彫りの短剣を取り出す。バレンティンも自分の剣を構えた。
「ああ。お前には、俺に復讐する権利がある」
幼くして犠牲になった二人の仇。そして、身を滅ぼす道を進む事となったきっかけ。
ドランクは一気に間合いを詰める。バレンティンは間髪遅れずに避けた。
まるで鏡写しの様な戦いが始まる。同じ師に習ったのだから当然だ。
それでもドランクはスツルムの、バレンティンはベンジャミンの剣の振り方を見慣れている所為で、ほんの少し差異が出る。スツルムの太刀筋はドランクの体格には合わないし、ベンジャミンの立ち振る舞いの繊細さもバレンティンには再現できない。お互いそこが綻びとなってしまう。
「すまなかった!」
先に刃を相手に届かせたのは、ドランクだった。バレンティンの腕から血が噴き出すが、この程度の傷なら日頃からジャスティンに付けられている。構わず叫んだ。
「俺がもっとちゃんとしていれば――」
「今更謝られて、はいそうですかって許せると思う?」
ドランクがバレンティンの剣を弾き、高い音が鳴る。バレンティンは剣を離すまいと手に力を込め、一旦距離を取った。ドランクも少しは落ち着いたのか、追撃をやめる。
「ごめん。悪気は無いのは解ってる」
ブランシュに唆された時、バレンティンはまだ十歳かそこらだった筈だ。善悪の判断が正しく出来なくても仕方無い。恐らく居場所を教えたのも彼だろうが、ブランシュの事だ、操って無理矢理口を割らせたに決まっている。
ドランクは額に手を当てて俯いた。実況が戦意喪失だのなんだの言っているのを聞かないようにして、考える。
僕はこの場を勝ち進むべきだろうか。
「……降参してくれ!」
バレンティンの呼びかけに顔を上げる。
ジェイドを勝たせる? それも、碌に戦いもしないで? ブランシュ絶対怒るだろうな。あの人が怒っている所は見た事無いけど、まずい事になるんじゃないかなあ。
と、思考の偏りに気付くと無理矢理考えるのをやめる。
「勝算でもあるの?」
「勝ち負けの問題ではない」
「じゃあ何? マゾが極まって自分から食べられに行く訳?」
バレンティンは再度首を横に振る。
「お前はもう、これ以上手を汚すな。後は俺達がなんとかする」
ドランクは、今度は短く鼻で笑う。
「今更――」
「あの時味方してやれなくてすまなかった」
バレンティンは負けじと、ドランクの言葉を遮る。伝えたい事を、伝えなければ。
「だが、もうお前は一人じゃない。自分でけりを付けなければいけないという思想は捨てろ」
でないとお前も死んでしまうぞ。その心が。
「……ドランク」
バレンティンは彼が自分で付けた名前を呼んだ。
「あいつは……ブランシュは……ただその髪の色で呼んでいただけだ。いずれ食べるか殺す人間に、必要以上の情が移らないようにな」
それを聞いたドランクは酷く寂しい顔をした。
「……やっぱりそう、偶然だよね。そんなの、僕だって……」
重々承知していたつもりだった。
「おっと? セレスト選手が突然膝を突いた。暫く戦っていなかったが二人は何を話していたんだ?」
五月蝿い実況に、審判のカウントアップが重なる。バレンティンの勝利が宣言された。
「すぐに相棒と合流して立ち去れ……と言いたい所だが、スツルムにはまだやってもらう事がある。一緒に事に当たってくれ」
バレンティンが泣いているドランクを立ち上がらせる。ドランクはハッとして、バレンティンの胸倉を掴んだ。
「僕もブランシュの所に行く」
「無理をするな。それに、お前が負けた事であいつが何をしでかすか、解らないからな」
ほら、とバレンティンが後ろを指差す。スツルムが客席へと続く通路で待っていた。
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