その靴音を僕は学ぶ [3/4]
「……っ……聞いてないぞ!」
一つの巣穴からこんなに出て来るなんて!
生け捕り対象の魔物は一体一体は赤ん坊くらいのサイズしかないものの、巣穴に炎を放つと僕なんか埋めて殺してしまえるのではないか、という数が出てきた。しかもやたらと跳躍力があって、こっちは逃げるだけで必死だ。
スツルム殿は大丈夫かな?
一瞬そう思ったが、正直、他人の心配をしている暇は無い。くそっ、作戦では追われる側じゃなくて追い込む側の筈だったんだけど!
「全滅させられないのがなあ!」
僕は振り向きざまに大量の水を放つ。追いかけてきた大群の大半はそれで押し流されてくれた。
「さあ、あとは罠まで競争だ」
水流に耐えた数匹を連れて誘導路へ。しかし息が上がってきた。さっきの大量の水を出すので体力を大きく削ってしまったのだ。
布の目印に向かって走る。スツルム殿の姿が見えない事に疑問を抱いたが、とにかく今は一匹罠にかけるのが先だ。
魔物との競争でなんとか勝ち、罠にかかった個体以外の始末にかかる。宝珠を飛ばして一匹、また一匹と葬っていく。もう生かして逃がしてあげられる余裕も無い。
追いかけてきていた最後の一匹を倒して、僕はほっとして宝珠を下ろした。
……のが間違いだった。
「グルルルルルルル」
後方から目当ての獲物とは違う種類の鳴き声。
やばい。そう思ったが振り向く動作も魔法の準備も間に合わなかった。
「はあああ!」
襲われる。そう思って覚悟を決めた僕に、高い声が届いた。続いてドサリ、と重たい音。
「油断も情けも必要無い。お前が追い払っただけの魔物が戻って来てたぞ」
「スツルム殿……」
僕の死角から現れたのは、魔物の血でべっとりと汚れた剣を持ったスツルム殿だった。
「獲れたな。よしよし」
スツルム殿は剣を振って血を払い、仕舞う。今回の成果物を確認すると、罠を入れていた袋に罠ごと突っ込んで口を縛った。
「あ……スツ……」
「取ってくれ」
彼女は僕の言葉を遮って、目印のマントを指差した。
「ああ、うん」
僕は木の枝に結び付けていた紐を解く。取り外したマントを彼女の肩にかけた。
なんとなく、沈黙が流れる。静かなのは苦手だ。
というか、カバーしてもらったんだしお礼を言わないといけないな。僕が話し始めようとした時、それより一歩早くスツルム殿が口を開く。
「さっき、きつい事言った……ごめん……」
「え?」
何か言われたっけ?
「……『本を見ながらじゃないとかけられない治癒魔法などかけて要らん』、かな?」
「それもだけど……そうじゃない」
「どれだろう」
「『傭兵にとって一番大事なのは』……」
「『信用と他人とのコミュニケーション』? それ、その通りだと思ったけどな」
そう言うと何故かスツルム殿の表情が曇った。理由を尋ねようか悩み、やめておく。代わりに礼を言っておいた。
「助けてくれてありがとう」
「礼は要らん。一緒に仕事をしている間は、お互い様だ」
「スツルム殿……」
「ドランクは遠距離戦や範囲攻撃、あたしは接近戦や切り込み攻撃。そういう分担で良いだろ」
「……うん、そうだね」
「接近戦に持ち込まれるどころか、お前には指一本触れさせない様にしてやる」
えぇ……スツルム殿かっこいい……。
僕は益々彼女の事を好きになって、なんとかして今後も一緒に仕事がしたいと思った。頭をフル回転させて、スツルム殿が利点を感じてくれそうな言葉を探す。
「じゃあ僕は、スツルム殿が危なくなったら魔法で助けるね」
うーーーーーーーーん、めちゃくちゃ内容が薄くてベタなものになってしまった……。
「じゃあまずはあたしの位置を把握できるようになってくれ」
言うとスツルム殿は背伸びをして、僕の胸に片手を置く。もう片方の手は更に上に伸び、僕の耳を触った。
「お前エルーンなんだから、目で見えなくても音で判るだろ。相棒の足音くらい、聞き分けてくれ」
触れられていた時間は一瞬で、僕がその言葉を咀嚼し終わった時にはもう、彼女の頭は元の位置に戻っていた。
「あたしはお前が見えない位置に居る」
ハッとした。僕が誤ってスツルム殿を巻き込んでしまった時、彼女は僕の右後方に居た。あれは偶然ではなく、二人で効率良く戦う為に自然と取られた位置だったんだ。
「帰るぞ」
返す言葉を見付けられなかった僕に、スツルム殿が言った。僕は袋の中でもぞもぞ動いている魔物を抱え上げる。
歩き出したスツルム殿の足音を、僕の耳は鋭敏に捉えた。
僕、その靴音を覚えるよ。回復魔法もそらでかけられる様にする。
「スツルム殿」
「何?」
「今日スツルム殿に指摘された事、全部直したらまた一緒に仕事してくれる?」
「…………」
彼女は僕の顔を見上げる。その後更に視線を上にして、また顔に戻ってくる。え、今何見たの? 僕の後ろに幽霊でも居た?
「良いぞ」
「ほんとに!?」
「うるさい。静かにするっていう条件も追加だ」
「え~後出しは良くないよ~」
僕達は山を下る。
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