宇宙混沌
Eyecatch

その花が枯れるまで


 あたしが目覚めると、ドランクは萎れた花が刺さっていた花瓶を持って部屋に戻って来た所だった。
「おはよう、スツルム殿。起きた所で悪いんだけど、朝ご飯食べ終わったら護衛を頼みたいな」
「何処か出掛けるのか?」
「ううん、敷地内。僕が作業してる間見張りしてて」
 ドランクの部屋まで朝食を運んでもらうのは、昨夜一緒に寝た事を使用人達に知らせる様でかなり恥ずかしかったが、鈍感なドランクは廊下を通りがかかったメイドに言づけてしまう。使用人は気を利かせて、必要な服と武器まで訊いて、あたしの部屋から持ってきてくれた。
 朝食を食べ終わり、服を着替えると、ドランクがドレッサーの前であたしの髪を解かす。ぼんやりと見ていた鏡越しの姿に、違和感を覚えた。
「なんで傭兵の恰好をしてるんだ? まだ商談あるんだろ?」
「今日はこの服で大丈夫だよ」
 腑に落ちなかったが、ドランクが大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう。午前中は頼まれた通り、ドランクについて屋敷の周囲を回る。
「こんなもんかなー」
 ドランクは右手にチョーク、左手に分厚い魔法書を持ち、屋敷の壁に大きな魔方陣を描いていた。見よう見まねで描き終わったところで、左手の本を脇に抱え、代わりに宝珠を取り出す。
「警備用の魔法か」
「うん。何かあったら宝珠に報せが来るように」
 ドランクが宝珠を握ると、魔法陣の模様が光って浮かび上がり、それから壁の中に消えていく。その作業を延々と繰り返し、屋敷が終わったら森の中の地面にも描き、昼前にやっと、崖の上のお墓の所まで設置できた。
「ちょっと体動かそっか」
「そうだな」
 数日、庭をうろうろするばかりだったからな。ドランクに剣の一本を貸し与える。適度な間合いを取って、互いの準備が整ったタイミングで、斬りかかった。
「何やってるのあなた達!!」
 ドランクのハイキックがあたしの剣を蹴とばしたタイミングだった。驚いたあたしはバランスを崩し、お墓の周りに咲いた花を幾つか踏むようにして倒れる。
「わっ、大丈夫? スツルム殿!」
 ドランクが剣を納めて手を差し出した。森の入り口で腕組みしているのは、ドランクの母親だ。護衛のメイドが後ろで苦笑している。
「あのね、お母様。僕達、戦うのがお仕事だから、こうやって普段から練習しておかないと逆に危ないの……」
「あたしの護衛としての腕が心配だと言う意味なら、安心してください。こいつが遠距離戦専門と見せかけて近距離戦もトップクラスの力量を持つチートスペックなだけだし、あとあたしも一応今のは手加減しています」
「チートって何!? その言い方は酷くない? 僕の日々の鍛錬の成果なのに~」
「あたしの背丈よりも高い位置への蹴りはチートだ」
 ドランクの反論に混じって溜息が聞こえる。
「解りました……。とにかく、お客様がお見えです。昼食がまだという事でしたので、ご一緒なさい」

「本日はお招きに預かり、まことにありがとうございます~」
「よろず屋!?」
「おやおや、スツルムさんもご滞在でしたか~」
「はあ……商談相手が知り合いならそうと言えば良いのに」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「言ってない」
 剣で刺そうとして、ドランクの母親の前だったので自重しておいた。
「でも、まさか連絡してから数日で来てもらえるとは思ってませんでしたよ」
「シェロちゃんは呼ばれたら何処にでもすぐ飛んで行くのです~。うふふふ~」

「それでは、契約についてお話させてください~」
 食事を終え、応接室へと移動する。契約書は既に用意されていたから、あとは双方がサインして割印を押すだけのようだった。あたしはドランクの座る椅子の横に立って、机の上に広げられた書類を見下ろす。
「どういう契約なんだ?」
 ただ見ているだけでも良かったが、相手がシェロカルテという事もあってつい口が滑ってしまう。
「シェロカルテ殿に、代理で投資運用をしてもらう契約だよ。貴金属みたいな投機商品の売買はやらなければ損はしないけど、既に各団体に投資している分で回収できなかったものは、暫く運用し続けるしかないからね」
「お前が何を言っているのか解らない」
「うーん、つまりシェロカルテ殿に、この家の投資に使っているお金を管理してもらう代わりに、儲けた分から幾らか手数料を渡す契約だよ」
「それなら解る」
「私としても、願ってもないお話ですね~。この家の資産規模で投資ができる機会なんて、そうそうありませんから~」
「よろず屋でもか」
「私は本業が投資家ではありませんからね~。投資に回せるお金は限られていて、どちらかというと投資される事の方が多いですね~」
 そうなのか。話されてもあまり理解できないので、黙って契約の様子を眺める事にする。
「資産を試算したらとんでもない額でびっくりしちゃいました~。ぷぷぷ……」
「そう言えば一番大きい商談って言ってたな」
「ちょっとは笑ってあげても良いんじゃない? スツルム殿」
 二人は慣れた手付きで契約書を確認し合い、サインをして判を押していく。最後の一枚に判を押し、やり切った、という顔でドランクが椅子に座り直した。
「いや~助かりました。この額の運用を安心して任せられる人が、シェロカルテ殿しか思い浮かばなくて」
「普通なら怖くて動かせませんよね~。失敗しても賠償できませんし」
 シェロカルテはできるのか。つくづく底が知れない商人だ。
「それにしても、ドランクさんがこんな名家のご子息だったとは知りませんでした~。あ、今はご主人でしたね~」
「も~シェロカルテ殿までそう言うー」
「事実だろ」
 あたしがそうカバーしたものの、シェロカルテはその表情を曇らせる。
「どうした?」
「いえ……。ドランクさんが傭兵の仕事を始めたのは、私の勘違いと怖いもの見たさが発端ですから……。ご身分を存じていたら、もっと別の仕事も紹介出来ましたし、それこそ投資の話も聴けましたのに……」
 らしくない様子で言う。ドランクは笑って彼女の後悔を払拭しようとした。
「身分も何も、あの時の僕はただの家出少年よ? あの時、シェロカルテ殿に魔法を褒めてもらって、お仕事を紹介してもらえなかったら、今こうやって魔法で身を立ててないと思う。それに、傭兵やってたから、スツルム殿にも出逢えたんだしね!」
 とかいう恥ずかしい事を言って、腰に手を回してきた。この場にドランクの母親は居ない。すかさず剣を抜いてその手を刺す。
[]って! 手袋越しでも流石に手は本当に痛い!」
「刺されたくなかったら人前で触るな!」
 応接室に、ドランクの呻きとシェロカルテの笑い声が響く。

* * *

「スツルム殿、準備できた?」
 スツルム殿は部屋で、僕が贈ったネックレスを眺めていた。呼びかけられてその箱の蓋を閉め、何故か僕に差し出してくる。
「お前の部屋に置いといてくれ」
「え? 置いてっちゃうの?」
「仕事の邪魔になるから、普段は着けないだろ。荷物に入れていて失くしたり瑕が付くのも勿体無い」
「えー。使ってもらえないのもよっぽど勿体無いよ」
 口を尖らせて拒むと、自分で僕の部屋に持って行こうとする。
「あ、ちょっと待ってよ」
「二人で旅してる間は、要らないだろ? これはまた、旅をしたくなった時に取り出せば良い」
「……うん、そうだね」
「この後の予定は?」
「日が暮れるまでに隣の島に寄港したいね。そこで一晩泊まって、次の日の朝に出発。あ、でもその前に、資産内容が変わったから遺言書更新しとかなきゃ」
「今なんて書いてあるんだ?」
「僕が死んだら僕の物はぜーんぶスツルム殿の物。以上」
「馬鹿かお前……一緒に傭兵業してたら、一緒に死ぬ確率もかなり高いぞ……」
「確かに」
「そうなった場合の事も考えておけ。女共がこぞって踊りたがる程度には莫大なんだろ」
「スツルム殿、僕が夜通し踊ってたのにやきもち焼いてる~?」
「焼いてない! 無駄な争いの種になるからちゃんと考えろと言ってるだけだ!」
「また~照れちゃって~」
「照れてない!」
 ネックレスを僕の部屋の棚に仕舞い込んで、僕達は屋敷を後にする。騎空艇が置いてある場所までの道中臨んだ空は、何処までも何処までも続いていた。

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