その花が枯れるまで [7/8]
ドランクは今日も取引先巡りをしている。あたしはあまりにも暇すぎるので、書庫に案内してもらって、花の図鑑を借りた。
昨日花を一通り眺めたのは良いが、その殆どの名前が判らなかったのだ。別に花が好きな訳ではないが、他に沢山並んでいた、経済の本や政治の本よりはまだ興味が湧く。
庭の端から端まで歩きながら、花の名前を調べていく。ページを捲っていると、この図鑑には生態だけでなく、花言葉や誕生花といった非科学的な情報もおまけで載っている事に気付いた。初日にドランクが摘んできた赤い花の花言葉は、「あなたを愛しています」。ふん、わざとかどうかは知らないが、敢えてであればドランクらしい。
この花壇に咲く白い花の花言葉は「希望」、その隣の黄色いのは「友情」……と、結局その情報まで追ってしまっている事に気付く。
ふと、貰ったネックレスの事を思い出した。あの花、何て言ったっけ? あしび、とか、あせび、みたいな気がするんだが……。
部屋に戻り、荷物から小箱を取り出す。なんとなくの名前の響きで当てを付けつつ、絵を見比べてその花を探す。あった、馬酔木。花言葉は……。
あたしはそれを確認して、図鑑を閉じた。
ドランクには悪い事を言った。彼の気持ちは、最初から決まっていたのに。
* * *
「驚きましたわ、本当にお上手!」
「私もこのくらい速く縫えるようになりたいですわ」
僕が取引先から帰宅すると、スツルム殿は居間で休憩中らしきメイドに挟まれて刺繍をしていた。僕に気付いたメイド達が、慌てて姿勢を正す。
「「おかえりなさいませ、旦那様!」」
「もっと気楽にしてて良いよ~」
正直な所、最初は旦那様、と呼ばれる響きに満更でも無かったが、慣れると堅苦しくて嫌になってしまう。
「おかえり」
「ただいま。ごめんね~スツルム殿~。今日も出ずっぱりで。でも、明日には終わる筈だから」
「そうか。で、その後どうするんだ」
その問い方は、既に答えを知っているかのようだった。スツルム殿の胸元に光る飾りが、教えたのだろう。
「うん」
僕は笑う。
「ドタキャンしちゃった依頼主様に、頭下げに行かなきゃね~」
あなたと二人で旅をしましょう。やっと気付いてもらえたし、僕も言えるようになった。
「なんで萎れた花なんか飾ってるんだ?」
スツルム殿を僕の部屋に招くと、窓際ですっかり元気を無くした一輪挿しに目を留めた。辛うじて、まだ元の色の名残はある。ちゃんと間に合った。
「締め切り代わり」
「意味不明……」
「まあまあ。とりあえず座ってどうぞ」
スツルム殿は居心地が悪そうに、ソファに腰を下ろす。
「もっと寛いで良いよ? ていうか今更緊張する事ある?」
「いや……妹と三人で寝起きしてた部屋より広いと思って……」
「まあ、ちょっと、この屋敷は全体的に広すぎるよね。冬は寒くて結構辛い」
僕は一息つくと、お母様との話をかいつまんで説明する。
「だから、家の事は気にしないで。ピアスも着けてて良いってさ」
「そうか。話が付いたのなら良かった」
「まだ明日、一番おっきな商談が残ってるけどね~。あ、でも場所は今度は家だから、スツルム殿も同席してて良いよ」
「商売の事は何もわからん。また庭の花でも見ておく」
「お花に興味出た?」
「別に……」
少し膨らんだ頬に口付ける。照れて離れようとするかな、と思ったら、ブラウスの襟を掴まれて、唇に口付け直された。
スツルム殿の背中に手を回す。また明日から、僕はドランクとしての人生を歩めるのだ。それがとても嬉しかった。
「……そう言えば、その話だと引退したら此処に住むつもりなのか? お前、老後の住まいは風光明媚な田舎が良いって言ってたよな?」
「ああ、確かに……。でも、スツルム殿が都会に憧れるのと似たようなノリで言ってるところもある……」
「ほう?」
「そうだ! 別荘でも建てたら良いんじゃない? ザンクティンゼル辺りに」
「好きにしろ」
「その為にもお仕事頑張らなきゃね~」
「ん」
スツルム殿の手が僕の服の背中を掴む。僕は彼女の喉元の鎖に触れて、もう一度、今度は唇に口付けを落とした。
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