この身を賭して [5/6]
こういう時にもラブホテルは便利だ。受付では互いの顔が見えないようになっている事が多いし、見えたからと言って詮索してくる者も居ない。隣の部屋で闇取引が行われているかもしれない薄ら寒さはあるが。
「それで、どうしたんだ?」
ソファに座らせ、額の傷を手当てしてやる。
「ちょっとね」
「あたしに言えないのか」
笑って誤魔化してくるので、止血帯の上から傷を押さえた。
「二度と女を口説けない顔にしてやろうか」
「痛い痛いやめて! わかった! 話すから!!」
今日はあたしが溜息を吐く番だ。隣に腰を下ろす。
「その……ご飯食べてたら、他の客にスツルム殿の悪口を言われてさ。カッとなって、つい」
「殴ったのか」
「殴りました」
「酒と女と煙草と暴力と賭博。この五つは何をやっても治らんから、そういう男はやめておけと言われた事がある」
「仰る通りで……」
「何回目だ?」
「二回目だよ、一応」
なんだ、思っていたよりも全然少ないな。
「で、その怪我は?」
「いやぁ、流石にドラフの男の人からの喧嘩を買うべきじゃなかったね。殴り返されてテーブルに」
「はぁ……。何て言われたんだ?」
ドランクはまた笑って誤魔化す。
「今回の事を許すか許さないかはその内容による」
「あー、そう、まあそうなるよねえ……」
腕があたしの背中に回る。抱き寄せられて、顔が見えなくされた。
「僕は何て言われようが構わないんだけどさあ……」
ドランクがあたしの手を取り、指を撫ぜる。
「スツルム殿がふしだらだなんて言われるのは、我慢できないんだよねえ……」
ああそうか。やっと理解した。何も生みださないあたし達の行為は、愛の確認ではなく快楽追求だと思われているのだ。
「……いつもそう言われているのか?」
「うーん、いや、流石に面と向かって言われる事は稀……」
「もしかして……」
もしかして。こいつが学校での軽口に何も言い返さなかったのは。
「アルビオンでも、言われたのか? あの時」
「ん-まあ、教師としては教え子が誑かしたよりも、外部の人間が唆したって事にする方が都合が良いからねえ」
「馬鹿」
ドランクの背中に腕を回す。
「何もお前一人が背負わなくても」
ドランクも教師と同じ手を使ったんだ。あたしが惚れてるんじゃなくて、ドランクが遊びで引っかけたと思わせている方が、ドランクがあたしを守りやすいから。
「言ったでしょ?」
ドランクもあたしを抱き締め返した。
「僕は君を守るよ」
あたしを無条件で庇護してくれる人は、もうこの世には居ないと思っていた。
「……あたしも」
でも、此処に居た。
「お前の事、護る」
「そう? 嬉しいな」
だから決めた。あたしもこの身命を賭して、こいつを護っていくと。
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