この身を賭して
初めは手も繋いでくれない奴だった。
そして今も、あたし達は手を繋いでは歩かない。
「ご、ごめん……」
アルビオンで試合をしたのはあたしだと伝えたその日。突然のキスの後、ドランクは慌てて私から離れた。
「スツルム殿の気持ちも聞かないで、こういう事しちゃ駄目だよね……」
「別に……あたしも……」
あたしが俯いたので、その時のドランクの表情は見えなかった。
ただ、今度は伸ばした前髪に口付けが落ちる。そのまま耳元で囁いた。
「そういう関係になってくれるの?」
あたしは頷く。ドランクはもう一度だけ口付けをして、そして。
そしてまた、それまでと変わらない日々が始まった。
「……なぁ」
「なあに?」
「その……なんか前とほとんど変わらなくないか?」
「何が?」
「あたし達が」
仕事の合間に立ち寄ったカフェテリアの野外席。ドランクは甘ったるいチョコレートの溶けた飲み物を口に含む。
「変えた方が良い?」
そして手帖の確認に戻る。これまでは気にならなかったその仕草が、まるで拒絶されているかのように感じられる。
「手……を繋ぐくらい、良いと思う」
付き合い始めて半月。あたし達は泊まる部屋もバラバラで、日中仕事や食事を共にするだけだ。これではただの仕事の相棒だろう。
「本当に?」
この時、ドランクが念を押した意味を、その時は理解出来なかった。
「ああ」
「……わかったよ」
仕事のスケジュールを確認し、飲み物を消費して席を立つ。店を出た所で、ドランクの手があたしの手を包んだ。
……なんだろう。なんだか急に視線を感じる様な。
まあ、街をカップルが歩いていたら、自分も無意識に注目しているのかもしれない。そう思って、その日はそのまま宿に戻った。
「じゃあまた晩御飯の時間に」
既に別々の部屋を取っていたから、今日は仕方が無い。
ドランクの手が離れた後で、その感覚の生々しさが増す。
大きくて厚くて熱かった。もちろんドラフの父とは比べ物にならないが、自分より大きな手に優しく握られたのなんて何年振りだろう。
はっきり言ってあたしは浮かれていた。無理も無い。あいつとアルビオンで過ごした後は、浮いた話など作る機会もほとんど無かったのだ。
そして、あたし達がどういう風に見られるのか、教えてもらえる機会も。
Written by 星神智慧