宇宙混沌
Eyecatch

お前には渡さない


「悪いね、今日は紹介できるのが無いんだ」
「そうか」
 仕事を求めて本部に帰って来たスツルムを、早々に追い返す。私も出来たら紹介してやりたいけど、切れているものは仕方がない。
 窓の外を見ると、門の所でドランクがスツルムを捉まえて何か話していた。あいつも相変わらず熱心だな。スツルムの方は、仕方なく付き合ってやってるだけみたいで、まだ安心しているけども。
 ……それでも、本当にこのままドランクと付き合わせておいて良いのかは、悩む。
 スツルムはあの純粋な所が可愛いんだ。ドランクみたいに世間ずれした奴に、心や体を汚されたくない。でも、一度汚されて、それを悔いて忘れようとしてくれたら、もう私の側から離れない筈。
 ……そう思う私の側に置いておくのも、本当は良くない事なんだろう。
 二人は話を終えたらしく、ドランクが踵を返して歩き始めた。それを追うスツルムの表情が、ほんの少し笑っているのが見えてしまう。
「……いつまでも天使で居てほしいってのは、私の我儘なんだよねえ、結局」

 スツルムはその後、一月以上、本部に帰って来なかった。
「手紙、溜まってるよ」
「悪い」
 直々に家族からの手紙を渡しに行ってやると、スツルムの纏っている空気が、ほんの僅かだが前に会った時と変わっていた。綺麗で真っ直ぐな心の中に潜む、秘め事を偽ろうとする心理。
 ……ドランクの奴……!
「ちょっと出てくる。ヴォルケ、代理お願いね」
「早く帰ってきてくださいね」
 どうだろう。あいつがすぐ見つかるかどうかだな。
 全く当てがない訳ではない。繁華街の方を中心に、聞き込みを行う。目撃情報を頼りに辿り着いた公園で、ドランクはベンチに座って兵法書を読んでいた。近付くと、顔も上げずに問うてくる。
「何の用ですか?」
「そんな言い方無いだろう? わざわざ会いに来てやったのにさ」
「僕は頼んでません」
「……お前、随分自分に素直な喋り方になったじゃないか」
「ドナさんに僕の演技は通用しないって、解ってますから」
 私が隣に座ると、兵法書を閉じる。
「でも、僕もドナさんの言いたい事くらい解りますよ」
「当ててごらん?」
「スツルム殿を汚したのは僕です。……って自白を聞きたかったんでしょ?」
「やっぱりね」
「スツルム殿は取り繕うのが下手ですからね。貴女にはバレると思ってました」
「……一応、あの子まだ未成年なんだけど? 今は私が保護者代わりだからね、自由恋愛だとしても経緯くらい聞く権利はあると思うし、場合によっては警察に突き出すよ」
「警察は困るなあ」
 ドランクはどう答えようか悩む素振りを見せた。もう白状したんだから、言い訳なんか考えなくても良いのに。
 ……いや、違う。私は彼の纏う空気も、以前とは少し異なっている事に気付いた。そこにあるのは後悔の念。そして、他者を思いやる心。
 ドランクは、スツルムを庇おうとしている?
「こりゃ、驚いた……。お前、もっと落ちぶれてると思ってたよ」
「失礼ですね。そこは僕がスツルム殿を助けた後、無事に帰した辺りで気付いてもらいたかったな」
 とにかく、そうなのか。誑かしたのはスツルムの方だったのか。
 ……結局、私が夢見ていた天使なんて、何処にも存在しなかったのだ。
「でも、お前にスツルムは渡せないよ」
 お前と一緒に居たって、スツルムは辛い思いを募らせるだけだ。
 これは意固地になっているだけなのかもしれない。でも、まだ間に合うんじゃない? 此処でドランクを引き離せば、元の、私のスツルムに戻ってくれるんじゃない?
「ドナさん」
 ドランクは自分の膝に片肘を突いて、手の上に顎を乗せる。
「僕がどんな人間なのか解ってて、近付くのを許したのは貴女ですよ」
「近付きたくなかった?」
「いいえ。遺産の相続先が決まってすっきりしています。まあ、遺言書を書きに行くのはこれからですけど」
「おや。いいな~。私もスツルムの本名は知らないのに」
「あ、僕も知らない事になってるので、どうかご内密に」
「仕方ないね」
 私は立ち上がった。
「お前、思ってたほど危ない奴じゃなさそうだし、今回の事は見逃してあげるよ」
 歩き始めた私の背に、ドランクの声が突き刺さる。
「ドナさん」
「何?」
 振り返ると、不敵な笑みを浮かべた、青い髪のエルーンが居た。夕焼けに照らされた金色の瞳が、鋭く私を射抜く。
「スツルム殿はスツルム殿です。僕のものでも、ましてや貴女のものでもない」
 私は、こんな若造に説教されて腹が立った。でも、言い返す言葉が見つからない。
「スツルム殿が貴女の事を大切に思っているのは知っています。その逆も。でも、貴女がスツルム殿の足枷になる事は、僕が許しません」
「へえ」
 私は口の端を吊り上げる。
「どういう立場で言ってるんだろうねえ。私の事を足枷って言うなら、お前はスツルムの何になるつもりなのさ?」
「さあ」
 ドランクは突いていた肘を上げて、座り直す。
「何にでもなれると思いますよ。ただ、枷にだけはなりません」
「……そうかい」
 私はギルド本部へと帰る。その途中、人通りの多い道の反対側に、赤い短髪が反対方向へ向かって歩いて行くのが見えた。鎧を脱いで服を着替えていたが、スツルムだ。
「……悔しいなあ」
 これまでどんなに手塩にかけたかなんて、年頃の少女には関係無いのだ。
 だってドナさん、貴女は女ですよ。ドランクの声でそう囁かれた気がする。
 恋という感情の強さを、私は呪いながら歩を進めた。

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