「これ、本当に美味しいんですか?」
「私の記憶では美味しかったな」
紫色のキノコを摘まんで首を傾げているジャスティンに答える。「そうですか」とジャスティンは袋の中にそれを放り込んだ。
「もうこれくらいで良いんじゃないか?」
ぱんぱんになった袋を突く。ジャスティンは少しだけ唇を噛んだ。
「ローアインに届けたら、屋敷に戻ろう」
「……ええ」
その返答に、私は鬱蒼とした森を登ろうとした。その瞬間、左腕を強く掴まれる。
「何!?」
ジャスティンの顔が近い。私は思わずその頬を引っ叩いていた。
「きゅ~~~ん」
スカートの中に隠れたままだったニコラが、音に驚いて飛び出す。それと同時に、茂みの中から抑揚の無い歌声。
「みーちゃったーみーちゃったー。きょーかんにーいうたーろー」
「月星人……」
「俺も居るぞ」
ジャスティンが苦々しげに呟いた所で、カシウスとアオイドスが姿を現した。どうやら彼等も山菜やキノコを採っていたらしい。
「ところで、今の歌は何だ?」
「よくゼタがベアトリクスの失態を見た時に歌っていた」
呑気そうに会話する二人の横を通り、ジャスティンは一足先に崖へと逃げる。
「同意の無い性行為は褒められたものじゃないぞー」
「五月蝿いこの童貞!」
アオイドスに向かってそんな捨て台詞を吐きながら。そして私も、ジータの影響でその単語の意味が解るようになってしまった。
「ジャスティンは童貞じゃないのか?」
「処女ではないと思うが」
もうやだこの月星人と歌手の会話も。
「怖かったかフェリ。ジャスティンの事は後できつく叱っておく」
顔を覆った私に、アオイドスが優しく声をかける。
「征服欲を抑えられないのさ。以前からそうだったが、今のお気に入りである君が高嶺の花となってはね」
「はあ……」
あいつ、私の事気に入ってるのか? ヤイア以外には誰に対してもあんな感じでは。
「迅速な危機対応。見事だった」
カシウスはそう褒めてくれたが、私の気持ちは晴れない。
「ああ、いや、違うんだ」
ジャスティンが嫌だった訳じゃないんだ。
「前にも此処で、同じような事があった気がして……」
遠い遠い昔の事。五つほど年上のエルーンの少年。
ある日あの崖にやって来て、そのままフィラを攫って行った。あいつ、結局どうなったんだろう。