宇宙混沌
Eyecatch

第5章:うっかり見られちゃうジータちゃん


 僕が正気に戻ったのは、グランサイファーの個室のベッドの上だった。
「目が覚めた?」
 イオちゃんがその脇で、時々くしゃみをしながら回復魔法[ヒール]をかけてくれていた。
「……すごい悪夢を見ていた気がする」
「そうみたいね。みんなのあんな姿、あたし、初めて見た」
 一体何があったのか説明してもらう。僕達は幻覚を見て、僕とベアトリクスは崖から転落した。ユーステス君の緊急信号を受けて何人かが捜索に赴き、全員を発見。調査よりも保護を優先した、と。
「ベアはあんたと結婚する夢を見てたみたい。それから醒めた後、すごく怒ったみたいになって、なんか持ってた冠も投げて壊しちゃうし……。歩けないからジータが一緒の部屋で休もうって言ったのに、自分の部屋に引き籠っちゃって」
「そう……」
 終わらせた筈の想いをほじくり返されて、しかも本人から、別の誰かの為に作られた物など受け取ってしまったら、そりゃあ腸も煮えくり返るだろう。
 そして僕の傷も、見ない振りをしていただけだと知る。
「あんたは大人しかったのよ。最初は何か一人で喋ってたみたいだけど、途中から黙ってピアノを弾く様な動きをしてたって、ジャスティンが言ってた。それも艇に戻ってくる頃には止めちゃってたけど」
「うん。弾いてたんだ」
 何年も何年も。ある日逃げ込んだ書斎の奥で、暇潰しに開いた図鑑を読んで閃くまで。
「はい、おしまい」
「ありがとう」
 転落時についた傷は綺麗に治してもらった。腕には古傷しか残っていない。
「その傷、自分で治さなかったの?」
 回復魔法では、自然治癒してしまった外傷の痕は消す事が出来ない。怪我をして、まだ血が止まっていない間に魔法をかけ始めなければ、痕が残る可能性がある。
「ああ、これは――」
 その時、部屋の扉が叩かれる。
「はいはーい」
 イオちゃんが扉を開けると、スツルム殿が立っていた。
「あ、もう良いの?」
「ああ。お前ももう休め」
 遅い時間だし、イオちゃんも正直眠かったらしい。じゃあまた明日、とスツルム殿と入れ替わる。
「その傷……」
 スツルム殿も同様に目を留めた。苦々しい表情に僕は苦笑する。以前、アガスティアで他の傭兵に切り付けられたものだ。
「スツルム殿の所為じゃないよ。あの時は急いでたから。ちゃんと騎空艇に乗ってから回復魔法[ヒール]かけたし、もう何年かすれば目立たなくなるよ」
 僕は何度も言った言葉を繰り返して微笑んだが、スツルム殿の表情は晴れない。ほっぺたを摘まむと、やめろと怒られた。
「顔だけ笑ってても、意味無いからな」
「スツルム殿は手厳しいねえ」
 僕は真顔に戻る。
 スツルム殿の前で昔の想い人の名前を呼んで、スツルム殿を置いて駆け出してしまった。
 そのくらい大切に思っていた。子供なりに愛していた。
 それなのに。

『今なんて? お父様』
 彼女の家が襲撃されて、一月も経たない頃だった。珍しく父が僕を部屋に呼んで、話をした。
『来週、お前の婚約者と顔合わせをすると言ったんだ』
『僕の婚約者は、エリザベスで――』
『家ごと行方知れずになったんだぞ。お前は――家の跡取りなんだから――』
 その後お父様がなんて言っていたか、はっきり覚えていない。
 お母様はこう言っていた。
『お父様も、あなたの将来を心配して言っているのよ。あなたを愛しているからよ』
 じゃあどうして、僕が愛した人を悼む時間すら与えてくれないの。思えばベアトリクスの事だって、お婆ちゃんが亡くなってすぐだった。いつもいつもいつもいつも。新しく可愛い女の子を宛がえば済むとでも思っているのか。
 いや、違う。それが僕に望まれている事だからだ。
 僕は一人っ子だ。お母様は僕を産んだ時に、二人目を望めない体になってしまった。お婆ちゃんも体が弱かったから、お父様一人を産むのが精一杯だった。
 僕がちゃんとした大人になって、良い家の娘さんと結婚して、子供を作らなければ、この良家の血筋が途絶えてしまうからだ。
 ……僕って一体何なんだろう。
 僕は新しい婚約者には会わなかった。それまでは熱心な生徒だったつもりだけど、家庭教師の来る時間には決まって何処かに隠れるようになった。それ以外の時間は、朝から晩まで、お婆ちゃんの形見のピアノを弾いていた。
 これまでの事も、これからの事も、考えたくなかった。今のこの苦しい時間が過ぎ去ってくれないかなあ。ただそう思いながら。

「ごめんねスツルム殿」
「別に……」
 スツルム殿も口ではそう言ったが、複雑な心境は伝わってくる。あの札といい、山の中での事といい、どうしてこうも人間不信に陥らせようとするかな。
「嫌な事を思い出しちゃって」
 僕が見たのは、三つの思い出。一つはエリザベスと過ごした日々。一つは両親との確執。
 そしてもう一つは、一度目の自殺未遂だ。
 僕は庭に植えられていた花の葉を食べて、服毒自殺を図ったのだ。致死量には足りなかったみたいだけど、意識障害を起こした僕は別の島の病院まで救急搬送された。って医者に言われたのを思い出した。
 記憶障害も起こしていたから、その前後の事はすっぽり頭から抜け落ちていた――いや、そもそも記憶されていなかった筈なんだけど。思い出したと言うより、過去の出来事を追体験させられたのか?
「思い出さないといけなかったのかもな」
 スツルム殿が寝る支度を始める。僕も、捲り上げられていた服の袖を伸ばした。
「進む為に」
「……スツルム殿も見たの? 幻覚」
「まあな」
「見た結果の答えがそれ?」
「ああ」
 スツルム殿が隣のベッドに潜り込む。ランプの灯りが消された。
「斬り付けたりして、悪かった」
「気にしてないよ。でも」
 僕は真っ暗な天井を見上げる。
「僕の方は、すぐには飲み込めないかな」

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