第5話:うっかり見られちゃうジータちゃん [2/4]
私は元残虐三兄弟の三人と共に山に入った。ジャスティンはくしゃみをしているから待っていろ、と皆が言ったのに、言う事を聞かなかった。念の為、三人はマスクを着用して入山する。幽霊の私には、アレルギーなんて関係無い。
道に迷わないよう、長いロープを何本も持ってきて、騎空艇に繋いだ端からずっと伸ばしながら進む。暫くすると、誰かの声が聴こえてきた。他の三人も音楽をやっていて耳が良いのか、エルーンの私と殆ど同じタイミングで顔を見合わせる。
「ドランクの声だ。もう一人は……」
「団長じゃないな」
「ベアトリクスじゃないか?」
私の言葉に、三人は首を傾げつつも頷いて、そちらに向かう。ドランクが居るなら、スツルムも居そうなものだが。
少し歩いた所で、二人の姿を見付けた。
「良かった。おいドラン――」
「嬉しい、嬉しい。お兄ちゃんは私を選んでくれた!」
「そうだよ。君の為に作ったんだ、エリザベス」
「……話が噛み合ってませんね」
ジャスティンが心底呆れた様な声を出す。私は呼びかけた言葉の続きを紡げなかった。
二人は斜面の上から転がってきたのか、酷く汚れていた。地面に座り込んだドランクの首に、ベアトリクスの腕が絡んでいる。ドランクの左腕はベアトリクスの腰を抱いていて、右手にあった氷のティアラが、乱れた栗色の髪に載せられた。
ベアトリクスの嬉しそうな顔。ドランクの慈愛に満ちた顔。
なのに彼は違う誰かの名を呼んだ。
そして、スツルムはどうしたんだ?
「取り込み中悪いが、状況を説明出来るか? スカイドス」
やれやれと首を振りながら、アオイドスが二人に近付く。二人は相変わらず会話が噛み合わないまま、二人の――いや、それぞれ一人の世界に浸っている。
「ジャミルか誰か、治療ができる人間を連れてくる方が良かったかもしれませんね」
「ああ。ベアトリクスの足が腫れている」
アオイドスが二人の体を調べ、バレンティンが応急処置を施した。ドランクも服の袖が大きく裂け、血を流している。
「うわ」
バレンティンの手元を照らそうとランプを掲げると、今しがたついたと思われる腕の傷の近くに、大きな古傷があった。傭兵だもんな、大怪我もするか。
処置を終え、私達は再び顔を見合わせる。
「どうします? ベアトリクスさんは歩けなさそうですし、そもそもこちらの言葉が伝わってませんし」
「二手に分かれるか」
話し合いの結果、ジャスティンがこの場に残る事となった。バレンティンは一度、怪我の酷いベアトリクスを背負って下山し、再度戻って来て今度は二人でドランクを下山させる算段だ。
「行こう」
私とアオイドスは先に進む。もう暫くすると、木が弾ける音がした。見上げれば、焚き火が木々の合間から微かに見える。
「おーい!」
そちらに向かって叫ぶと、鋭い声が返ってきた。
「来るな!」
「来るな、って言われても……」
ユーステスの声だった。姿は見えない。
「その声、フェリか?」
「ああ。一体何があった?」
「都合が良い。お前だけ来てくれ」
「はあ?」
アオイドスと顔を見合わせる。
「アオイドスだ。その理由を聞かせてもらえるか?」
「すまない、大声を出し続けるのは……」
再び顔を見合わせる。私はベッポを呼び、先にユーステスの元に向かわせた。ややあって戻ってくる。
「うん、うん、そうか、なるほど」
私はアオイドスにも状況を説明する。大声を出せないのは、大きく息を吸い込みたくないかららしい。
「ユーステスがマスクで幻覚を免れているのなら、俺も大丈夫だろう。問題は、あそこに行くと閉じ込められるかもしれない、という事か」
「でも、ベッポは戻って来れたぞ? それに、ドランクやベアトリクスも、艇から辿って来られる場所に居たし」
アオイドスは綺麗な顔に手を当て、考え始める。私もユーステスの居る方向を見ながら首を捻るが、てんでわからない。
「ああ、そうだ。ユーステス!」
何か思い付いたのか、アオイドスが叫んだ。
「何を持っている?」
「……なるほど」
ユーステスにはそれで通じたらしい。私は説明をアオイドスに求める。
「皆はこの山に、植物採集に入ったんだ。拾った植物の中に、あの札と同じように、妙な力を持つものが含まれているのかもしれない」
「そうか。皆は場所に捕らわれているんじゃなくて……」
「妙な物を拾ってしまったせいで、同じ場所をぐるぐると歩いているのに気付けなくなっているんじゃないか?」
「理屈は解った。そうすると、手掛かりを掴んだのにみすみす捨てる事になるな」
ユーステスの声が飛んでくる。確かに。
「一晩幻覚を見ながら野宿するよりマシだろう? 拾った物はその場に残して、一旦グランサイファーに戻ろう」
「そっちまでロープを引くから、もう暫く火を消さずに待っていてくれ」
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