うそつき [3/5]
次に目が覚めたのは大きな落下音のせいだった。目を開けると、ベッドの下から相棒がこちらを覗っている。
「ご、ごめん、スツルム殿……」
相棒はベッドの上に正座すると、ガバっと頭を下げた。
「謝って済む事じゃないのは解ってるけど、せめて責任を取らせてください……」
何言ってんだ? その言葉が喉から出る前に、あたしも状況を思い出す。そういや抱き着かれたまま寝てしまったんだっけ。
「全くだ」
あたしは身を起こした。そして、珍しく悪戯心が湧いた。
「きちんと責任取ってもらうからな」
今思えばなんでそんな事を言ったのか。それってドランクと結婚するって意味じゃないか。
冗談でも言ってはいけない事なのに、その時のあたしは「そのうちネタばらしすれば良い」なんて思っていたのだ。
それからあたしの次の生理が来るまでの期間の罪悪感は酷かった。
避妊したとは思えない、とドランクは言って、あたしが妊娠していないと判るまでは仕事に出してくれなかった。体が鈍らないよう、あいつが仕事に出ている間にこっそり鍛錬していたが、軟禁されているみたいで気分は良くなかった。
しかし、将来は何処に住もうかとか、子供が出来たら仕事はどうしようとか、何処かで買ってきたらしい生活誌を手に真面目に話し始められると、「別に何も無かった」とも言えず……。
「どうしたの? 気分悪いの?」
「あ、ああ。少し寝る……」
話題に困っても体調不良で誤魔化せるのはありがたかったし、それもあってドランクが営みに誘ってくる事も無く良かったのだが、いつもと違って二人きりの時でも饒舌で調子が狂う。いや、寧ろ二人になった時の方が五月蝿いくらいだ。
それに、嘘を重ねた後、真実を知った時のドランクの反応が怖い……。よくもまあ、ドランクはあんなに嘘ばかりつけるものだ。相手がその場限りだからだろうか。
嘘をついて苦しくないんだろうか。どうやったら開き直れるんだろう。
それとも、開き直った様に見えるのも、嘘なのか?
……本当に気分が悪くなってきた。慌ててトイレに駆け込み、赤い染みを見て安堵した。本当にした訳じゃないんだから来るのは当然だが、これ以上ドランクの期待する顔を見たくはない。
「生理が来た」
仕事に影響があるので以前から周期については共有してあった。ドランクも来るならそろそろだと思っていただろう。読んでいた本を置き、深く溜め息を吐く。
「良かった……」
その言葉は、これまでの罪悪感からの解放感を軽く飛び越えて胸に刺さった。
「父親になる覚悟なんて急には出来ないね。僕も自分の親しか知らないからさ。僕がされてきた事と同じような事を、僕もするんじゃないかって、ずっと怖かったの」
ひどい。
「ごめんね、ホッとしちゃって。ああ、でもスツルム殿も別に、僕との子供が欲しかった訳じゃないもんね」
酷い奴だな、あたしは。
「……どうしたの?」
後ろからドランクを抱き締めて、背中に顔を押し付ける。
ドランクにもきっと判らないんだ。自分の発している言葉のどれが真実かなんて。
「お前は……自分をもっと大切にしろ」
その日はそれだけしか言えなかった。
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