うそつき [2/5]
人はギャップに恋をする、とはよく言ったものだ。そこから恋に発展するかどうかはともかく、ギャップが周囲の人間の興味をそそる事は確かだ。
「部屋の空き一つしかないんだってー」
その日は運悪く、宿がなかなか見つからなかった。
「空いてるのはツインの部屋か?」
「一応ね。ダブルも空いてるみたいだけど、一人ずつ泊まるのは流石に嫌でしょ」
費用的に、と付け加えられる。それには全く同意なので気にも留めない。
「ツインにするか」
「良いの?」
「変な事をしたら刺す」
釘を刺しておくと、相棒はへらへらと笑って再び受付へ。暫くして鍵を手に戻って来る。
「二泊ともここにしちゃったけど良いよね?」
「構わない」
「明日は何する? ゆっくり寝てるのも良いけど同じ部屋だと落ち着かないよね?」
それはお前次第では。
適当に相槌を打っていた会話は、部屋の扉を閉めた途端にパタリと止む。
「風呂、先に入って良いか?」
「どうぞ」
短く答えて、相棒は机の前の椅子へ。黙って手帖を取り出し、作業を始める。
流石に慣れてきたが、最初、この様変わりにはかなり戸惑った。相棒は、外に居る時は口から生まれてきたのかと思うくらい絶え間なく喋っているくせに、二人きりになるとあたしに負けず劣らず無口になった。
あたしの事が嫌い、という訳ではないだろう。だったら最初からコンビを組んでくれなんて言わなきゃ良い。それに、人に見られる可能性のある場所ではこうはならない。例えば先程のホテルの廊下。人気は無かったが、相棒は喋り続けていた。
結論、こいつは喋る事が自身のブランディングなのだろう。実際あたしもそれで助かっているし、こうして二人の時は静かでいてくれるのはありがたい。もう少し、外でも口数を少なくしても良いくらいだとは思うが。
「お先」
「うん」
風呂から出ると、相棒は読んでいた本を閉じる。既に用意してあった着替えと共に浴室へ。
さて。二人で一緒の部屋に泊まるのは初めてだが、山で野宿した事は何回もあるし、何か特別気にする事なんて無いだろう。いつも通り瞑想をし、剣の手入れを済ませ、ストレッチをしていたところで相棒が出てきた。
「長風呂だな」
「意外だった?」
「いや、想像通りだ」
相棒はただ笑って隣のベッドに乗る。その拍子に何かの匂いが流れてきた。
「香水か? もう寝るだけなのに」
「寝る時だけ付けてるの。仕事中は魔物が寄ってきたりして邪魔でしょ。くさい?」
「不快ではない」
が、この花の香り、女物に思えるのだが……まあ、個人の好みに口を挟むつもりは無い。
「もう寝るのか?」
「うん。明かりは点けてて良いよ」
「あたしも寝る」
懐かしい。同室の人間に気を遣って寝る時間を合わせるなんて、家を出て以来じゃないだろうか。
「おやすみ」
「おやすみ」
間もなく隣のベッドからは規則正しい呼吸音が聴こえてくる。ほら、別に何も無かった。
それはまだ夜明けまで遠い時刻。
「うう……」
相棒が魘される声で目が覚めた。文句の一つも言いたいところだが、こいつも好きで夢見が悪い訳ではないだろう。叩き起こす程度で許してやろう。
「おい、ドラ――」
「おばあちゃん?」
相棒を揺すろうとした腕が、自分のより一回りも二回りも大きなそれに掴まれる。寝ぼけているのか、咄嗟に振り払えない強さだ。
「ちょ、ドランク!」
「ん~」
そのまま布団の中に引きずり込まれ、抱き枕のようにされた。手加減無しで腰を抱き締められてしまっては、いくらあたしでも逃げられない。
その力にこいつも男なんだな、と思った反面、縋り付くように眠る姿は子供のようだった。胸に埋められた顔を引き剥がす気も湧いてこない。脚に当たっている下半身も猛ってはいないようだし。
この体勢になって、相棒は唸るのをやめた。あたしは眠いのも相まってどうでも良くなり、相手を叩き起こす事もしないでそのまま意識を手放した。
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