いつかは突然やって来る [5/6]
待っていたのに、ドランクは山を降りてこなかった。魔物にやられたんじゃないかと、夕方になって一人捜索に山に入ったが、見つかったのは魔物の死体の群れだけだった。随分派手にやったな。
依頼主の所には既に報告があったようで、あたしの分の報酬は別途渡す様に託けられていた。
やってくるのも突然で、居なくなるのも呆気なく。あたしは日が暮れても宿を見つける事すらせず、公園の椅子に座って呆然としていた。
最近は宿の予約や受付もドランク任せだった。それを思い出すと酷く億劫だった。今は誰とも喋りたくない。
昨日の今頃はこれから起こる事に胸を膨らませながら夕食を食べていた。向かいには相棒が居て、自分には多いからと美味しい肉料理を少し譲ってくれた。その後宿で抱き締められて、ベッドに倒されて、またあの柔らかい唇が降ってきて、鎧を外してきたからあたしもドランクの袖の留め具を外して、それで、それで……
もうあの温もりは感じられないのだと思うと視界が滲む。夜明けに目が合ったっきりあたしはドランクの姿をまともに見ていない。最後に残るのは鏡を見つめる横顔だけだ。もっとちゃんと見ておけば良かったし、そうしたらドランクもあたしの事を面倒な女だなんて思わなかったかもしれない。
今頃他の女でも抱いてるんだろう。あの顔と口の上手さがあればその手の事には困らないだろうし、念入りにセットした髪もそうでなくちゃ甲斐がない。
嫌だなあ。自分で想像しておいて、ドランクが他の女と寝るのは胸が焦げ付くようだった。
でも、もう終わりだ。ドランクの行方もわからないし、麓で会わなかったんだからドランクはあたしを避けたに違いない。二度と会えない。そんな予感は、全く無かったのに。
「何でこんなとこで泣いてるの?」
聞き慣れた声。反射的に顔を上げると、そこには普段通りのドランクが立っていた。
「……お前こそ何しに来た?」
「何しにって……手術終わったから合流しようと思って。探したよー、指定の場所に居なかったからさぁ」
「手術?」
そこで、ドランクが杖を突いている事に気付く。右脚が器具で固定されている事にも。
「あれ? 依頼主さんから聞いてない? ちゃんと頼んだんだけどなあ」
ドランクはよっこいしょ、と隣に腰を下ろす。
話によると、ドランクはあの後誤って崖から転げ落ち、足を骨折したらしい。骨折は魔法で治せない事はないが、難しいので彼は街医者にかかる事を選択した。あたしと共に登ってきた道は険しく使えなかった為、別のルートを使って下山、近くに居た子供に駄賃を渡して諸々の言付け――魔物はあらかた片付けたので報酬は欲しい事、半分は治療で必要なので伝言役の子供に渡してほしい事、もう半分は相棒に渡して先に宿を取っておいてほしい事など――を託したらしいが。
「やっぱり子供に頼んだのが難しかったかー。でも大人はお金持ち逃げされる可能性あるしなー」
ドランクは話し終えると、ハンカチを取り出してあたしの顔を拭いた。
「で? スツルム殿は何があったの? 泣かせた奴は僕がやっつけちゃうよ〜」
「お前だ馬鹿」
「えぇ!?」
もう駄目だ。涙と嗚咽が止まらない。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。あたしの馬鹿。どうしてドランクを信じてやれなかったんだ。
「……ごめん」
ドランクの胸にしがみついて一頻り泣いた後、漸くそれだけ言う。
「なんかよく解らないけど、別に良いよぉ」
顔を上げると、金色の目を細めていた。
「やっと僕の事、見てくれたしね」
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