いつかは突然やって来る [4/6]
戻ってくると、ドランクは鏡の前で髪を結っていた。顔を左右に傾け、念入りに形を整える。どうせ戦っていたら崩れるのに。
「ありがと!」
納得したのか振り返り、持ってきた盆にベーコンが載っていることを確認する。テーブルを挟んで座ったが、あたしはやはりその顔を直視出来なかった。
「今日も魔物退治なんだよねー。山の反対側」
「そうか」
別に珍しくも無い。山の木の実なんかが不作だと魔物は街に降りてくるし、山の周囲に複数の街があれば何処に出るかは運だ。個体数が多ければ近場のあちこちに出没してくれて、あたし達にとっては良い稼ぎ時となる。
「朝ご飯食べたらすぐに出なきゃ」
あたしはちらりとベッドを見る。営みで汚れたシーツはドランクが魔法でどうにかしたようだった。ダブルベッドの部屋とはいえ、此処はそういう宿ではないからな。
でも、あたしの靄は晴れない。シーツを見たのなら、血が出なかった事に気付いただろう。
初めてなら出るんじゃないのか。出ない事もあるんだろうか。いや、出血の有無はどうだって良い。ただドランクに、他の男と寝た事があるんじゃないかと思われるのは嫌だった。
思えばそれ程痛くもなく、大して拒みも恥じらいもせず。処女じゃない、と思われる方が自然か。
別に良いじゃないか、それでも。ドランクは好きだと言ってくれたんだし。
「スツルム殿?」
そういや、ドランクは他の女と寝て――
「もしもーし? スツルム殿ってば」
我に返ると青い髪が至近距離にあって、椅子から落ちそうになった。
「な、なんだ?」
「いや、ご飯の手進んでないから。もしかして、具合悪かったりする?」
今日の仕事、僕一人で行こうか? と言われたが、慌てて首を横に振る。がっつくように食べ始めると、ドランクはそれで漸く安心した様だった。
「異種族だから妊娠する可能性は低いけどさ、どうしても女の人の方に負荷がかかっちゃうから、辛かったらちゃんと言ってね」
「わかってる」
解っている。あたし達の関係が、本当は指からすり抜ける水のように留めおけないものだなんてことは。
傭兵は戦えなくなったら終わりだ。二人の内のどちらかが、血を分けた子供を、それを作れる別の相棒を欲すればそれまでだ。
今や疾風怒濤と言えば界隈では通じる程の実績ある二人の絆ですら、そんなものなのだ。
「危ない!」
考え事をしていたら魔物の牙があたしの腕を捕らえた。まただ、ドランクの魔法は味方と敵が近過ぎると使えない。
「くそっ」
食い千切られるくらいなら自分で斬ってやる。そう思って振り上げた腕を、相棒の手が止めた。
「はあっ!」
ドランクはそのまま魔物の腹に蹴りを入れる。驚いた魔物があたしの腕を放した隙に、魔法で凍りつかせた。
「スツルム殿! 怪我!」
すぐに振り向いてあたしの手を取ったその指を振り払ってしまう。まずい。
「なんで」
あからさまに不機嫌そうな声。わざとなのかそうじゃないのか判別出来ないが、ドランクは怒る時は怒る。それはもう鬼の様に。
「治さないと感染症になるよ!」
尤もだ。再び取られた手を、今度は委ねる。
下らない。いつもやってもらっている事なのに。それでも今日は触れられた所から流れてくる体温に痺れ、恐らく怒りで強まっているであろう眼光も視界に入れることができない。
なんで。どうして。あたしが訊きたい。惚れた相手と一緒になって何が後ろめたいんだ。
ドランクは治療を終えると、黙って踵を返した。まだ仕事は終わっていない。
追おうとして、振り返らないまま告げられる。
「調子悪いなら麓で待ってなよ」
「……別に、大丈夫だ」
「僕にはそうは見えないよ。何なら――」
待ってなくても良いよ。
その言葉の意味がわからないあたしではない。気が散って足手まといになっている自覚も、今日のあたしの態度がドランクを傷付けた認識もある。
ドランクは最初から、あたしを追いかけてくる奴だった。あまりにしつこいもんだから、コンビを組むことを承諾して今に至る。
だから、そんなドランクが、あたしを見失っても良いなんて言った言葉の重みを、無視する事なんて出来なかった。
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