第1話:いきなり本番は駄目です [2/3]
「スツルム殿何飲む?」
「麦酒」
「あ、もしかして今日から飲める感じ? 口に合わなかったら僕が飲んであげるよ」
「お前は今日は飲めないだろ。折角聞き出した事を忘れるつもりか?」
「ちょっと飲んだくらいで忘れないよ」
そう言ったものの、スツルム殿は苦さに顔を顰めながら麦酒の一杯を飲み切った。
年齢が基準を超えたから、或いは大人の真似事をしたからと言って、本当の大人になれるわけではない。スツルム殿より年上の僕ですら、まだ大人になれたとは思えない。でも、こうやって背伸びしているスツルム殿を見るのは、とても愛しくて優しい気持ちになれた。
スツルム殿の気持ちは知らないけれど、僕は家族のようだと思ってるよ。
宿に戻り、僕は寝る支度をする。スツルム殿はまだ風呂を済ませていなかった様で、寝巻を持ってシャワールームに消えた。
スツルム殿だって、僕の事は手のかかる大きな弟か何かだと思っているのだろう。でなければ素性の知れない若い男と同じ部屋に泊まったりはしない筈だ。家無き生活では宿代は最も節約したい経費であり、どちらからともなく同じ部屋にしようと言い出して、今ではすっかり当たり前となってしまった。
うとうとしていると、スツルム殿が風呂から上がった音がした。そのまま寝入ろうとじっとしていると、僕が寝ている方のベッドが軋む。
「スツルム殿?」
目を開ければ、僕のベッドの端にスツルム殿が乗り上がり、僕の顔を覗き込んでいた。
「酔ってるの? こっちは僕のベッドなんだけど」
「判っている」
「何か用?」
「ああ」
スツルム殿は一瞬、深呼吸をする為に間を空けた。
「セックスを、教えろ」
「……は?」
は?
すっかり目が冴えてしまった僕が、口下手な彼女から聞き出した情報をまとめると、こうだ。
密偵の仕事は傭兵の仕事の中でもかなり報酬が良い。だから自分もやってみたい。だが自分が口下手な事は自覚しており、であれば女の身体を活かさない手はない。二人で受けた任務でも、今は諜報となれば僕が一肌脱いでいるが、女の自分が脱げるようになればこの手が使える相手が大幅に増える。今日誕生日を迎えて大人になった事だし、上手くやる方法を教えてくれ。
「ちょっと、本気で言ってるの?」
「ふざけていると思うのか?」
「この手段はねえ、男と女じゃ危険性が全然違うんだよ!?」
危険が無くったって気分が良い行為ではない。仕事中は快楽に集中できないし、満足に避妊できない事も多い。世界の何処かで、自分の血を分けた人間、それも望まれない命がこの世に生まれているかも、と考えるのは薄気味悪かった。両親の愛情を受けられない辛さは自分が良く解っている。
「妊娠してしまうかもしれないし、第一丸腰で相手の前に立つんだよ? いくらスツルム殿が鍛えてるからって、素手じゃ男には敵わないでしょ」
「お前だってドラフ男相手じゃ敵わないだろ。それに、元々避妊薬は飲んでいる。仕事の予定が立てやすいからな」
完璧な反論をされてしまい、言い返せない。
「え~~~でもなんだかな~~~」
スツルム殿にそんな辛い思いをさせてまで、僕はお金なんて欲しくない。女しか抱かない相手の時は、僕が相手を騙してでも脅してでも口を割らせるし、報酬は貢献度に関係なく半分こする。それじゃ駄目だろうか。
「……お前が教えてくれないなら、いい。実践で覚える」
「待ってそれはほんとに駄目。危なすぎるから」
「じゃあ教えてくれ」
スツルム殿は頑としてベッドから降りようとしない。僕は暫し考えて、妥協点を見出した。
「じゃあ、僕が全部教えてあげるから、全部上手く出来るようになるまで実践しちゃ駄目だよ」
「わかった」
安心した。一先ずこれで先延ばしには出来た。
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