宇宙混沌
Eyecatch

第3章:「悉く不幸」


「簡単な事ですよ。色の付いた薄いフィルムを目に入れているんです」
「へえ、そんな物が。僕は魔法薬なので、時間に限りがあって」
「フィルムも一日一回は外して洗わないといけませんよ」
 僕はどんどん郊外へと連れて行かれた。郊外というか、もう既に森の中では。
「ずっとあのギルドに居るんですか? 怪しまれません?」
「ドナは気付いているでしょうね。他の人間とは、あまり接触しないようにしているので。次に付き合いの長いスツルムでも、まだ五年経っていませんし。今後の事は考えなくてはいけませんが……貴方の方は?」
「僕は五年前まで幽閉されてまして……」
 僕は苦笑したが、ヴォルケは眉一つ動かさない。
「私のように赤ん坊の時に捨てられるのと、どちらがマシでしょうね」
 隣を歩いていた彼が足を止めたのに、気付くのが一歩遅れた。
「いずれにせよ、私達には不幸な未来しか待っていません」
 カチャリ。背中に何かが押し付けられる。これは……銃口。
「な、何が目的です〜? お金? 道具? ドナさん達に近付くな?」
 僕は両手を上げる。心臓をこの距離で撃ち抜かれたら即死だ。相手は多分僕より強いし、抵抗しないでおこう。
「二つだけ。まず、互いの秘密は口外無用です」
「勿論ですとも!」
「いつもなら口封じするところなのですが、貴方とはやり合いたくありません。お互い本気を出せば、この町なんて木っ端微塵でしょうから」
 そうなのかな。やった事が無いから判らないけど、本当にそんなに強いの? 僕達。
「二つ目は、散々案内して期待させていたら申し訳ないのですが、ギルドには入らないでいただきたい」
「……わかりました」
「どうやら貴方は、他のオッドアイに会うのは私が初めてのようですから教えておきます。オッドアイの魔力は、上手く変換すれば島一つ落とせるくらいのエネルギー量を持っています。それが群れて集まっていたら、どう思います?」
 脅威だ。各国、喉から手が出るくらい欲しがるだろう。たった一人でも島を落とせるならば、それが二人、三人と居れば、敵国丸ごと殲滅する事だって出来る……。
「人間兵器にされたくなければ、一人でひっそりと……あるいは森に隠れる木の様に、暮らしていくしかないんですよ」
 銃口が下ろされてほっとした直後、十数歩先で爆音が鳴る。
「大丈夫です。魔物が来ていたので、少し地面を割って落としました。暫くしたら這い出てくるでしょう」
 振り返れば、ヴォルケの爪先が光っている。え、今の、まさかその指先一つの動きだけで?
「今はコントロール出来ていますが、子供の時分はそうじゃなかった。これから先、理性を失う事や、私利私欲に目が眩む事があったらどうなるか」
 そうか、それでこんなに感情の無い振りを押し通しているのだ。人の感情は、言動に表す事で増幅してしまうから。
 抑揚の無い口調でヴォルケは続ける。
「幸い、私は回復魔法を通じて他人に魔力を少しずつ受け渡す事ができるので、良い緩衝材にはなっていますよ」
「魔力を使えば、減っていくんですか?」
「どうでしょう? 他の人間が抱え込める魔力なんて、高が知れていますから」
 帰りましょう、とヴォルケは踵を返す。魔物が落とし穴の下で地面を蹴る音が聞こえて、僕も慌ててその後を追った。
「ヴォルケさんがこれまでに出会ったオッドアイには、どんな人が居たんですか?」
 月明かりの下、振り返ったその顔に、ほんの少し感情が見えた気がした。
「悉く不幸ですよ」

『不幸になりたいんですか?』
 昨日、その言葉を飲み込んだ僕を、僕は凄く褒めてあげたい。だって、あそこでヴォルケにそう言っていたら、絶対に怒らせていただろうから。
「『島一つ落とせる』、か……」
 僕は港でスツルム殿を待ちつつ、自分の掌を眺める。思えば自分は、本気を出した事が無い。感情の統制が取れないような子供の頃は、魔法から完全に隔離されていたし、仕事はいつも手加減する程度で事足りる。
 試してみたい。ふと湧き上がった好奇心を忘れようと努力する。落として良い島なんてそうそう都合よく存在しない。
 ……いや、待てよ。もしかして、あの島なら。
「待たせた」
「うわぁ!」
 待ち合わせの時刻きっかりに現れたスツルム殿の声に、僕は腰を抜かす。当然、怪訝な顔をされた。
「どうした……?」
「ご、ごめん。考え事してて」
 ふん、と鼻で笑いつつも、スツルム殿は手を差し伸べてくれた。握ると、温かい。
 最後にこうやって、優しく手を握ってもらえたのはいつだろう。数えてみたら、十五年以上も前の事だった。

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