許してくださいお義兄さん [1/2]
音がした。
「善逸さん!」
意を決した様に話しかけてきた禰󠄀豆子ちゃんが、言葉にする前から何を言われるかわかってしまった。
「あの……あのね……」
顔を赤らめて俯く彼女が堪らなく愛おしい。そして同時に嬉しかった。
禰󠄀豆子ちゃんの中から、もう一つの命の音がする。
飛び上がってしまいそうな歓喜の中、彼女に手を伸ばす。その指が触れる直前、ある重大な事実を思い出す。
義兄に認めてもらっていない。
『おねがぁい炭治郎! 禰󠄀豆子ちゃんと結婚させてぇ!』
『あともう二年くらい待てないか善逸。禰󠄀豆子と俺は年子だけど、禰󠄀豆子が鬼になっていた期間は成長が止まってたんだ。体の方が、まだ子供を産んだりするには早いかもしれない』
はあ? 何ですかそれ。俺が結婚したら即、禰󠄀豆子ちゃんとズッコンバッコン子作りに励むとでも?
いや、結婚ってそういうもんだし、俺も多分すると思う。てか我慢できる自信なんて無い。
第一、炭治郎だってカナヲちゃんと息するように同居し始めたなと思ったら、ちゃんとやる事はやってるじゃん? 俺気付いてるからね、カナヲちゃんの中から別の音がするの!
それにさあ、俺達結構長く付き合ってるんだよ? 鬼殺隊だった頃、毎晩毎晩禰󠄀豆子ちゃんを連れ出して散歩させてあげてたのは誰だと思ってるの? 俺だよ? 炭治郎だって禰󠄀豆子ちゃんを嫁にやるなら俺だって思ってるでしょ!
その時はそう思ったんだよね。でも、もう少し待ってほしいと言う炭治郎の気持ちもわからなくはなかった。俺だって禰󠄀豆子ちゃんの事を傷付けたくはない。
そう思ってたんだけど。
『善逸さん』
その日、炭治郎の家に遊びに行くと、禰󠄀豆子ちゃんだけが留守番をしていた。
『あれ? 炭治郎もカナヲちゃんも居ないの?』
連絡しないで来たのは俺だし、仕方無いか。禰󠄀豆子ちゃんに会えただけでも嬉しい。
『町で催し物があるから、二人で遊びに行ったの』
そう言えば、通ってきた町で市か何かをやってたな。
『禰󠄀豆子ちゃんは行かないの?』
『たまにはお兄ちゃん達も二人っきりが良いんじゃない?』
嘘だ。いや嘘じゃないけど。それとは違う音もする。
『今日は善逸さんが来るような気がして』
その勘は別に鋭い訳じゃない。だって俺、少なくとも三日に一度は来てるし。いっそ俺もここに住むかって炭治郎に言われたくらい。カナヲちゃんに遠慮して断ったけど。
そういう事を考えて意識を音から逸らす。でもどうしようもなく鼓膜を叩いてくるんだ。禰󠄀豆子ちゃんのその音。
『……上がって良い?』
『もちろん』
ごめん、炭治郎。俺は炭治郎の事も好きだよ。お前の言葉を軽んじてる訳じゃない。
でも、俺は、一番好きな人の気持ちを優先しようと思う。禰󠄀豆子ちゃんは体は成長しきってないかもしれない。でも、心は……。
……心も、自我を失っていた間、成長を止めていたのかもしれないけど。ただの好奇心なのかもしれないけど。
『お茶どうぞ』
『ありがとう』
それでも俺は信じたいんだ。都合の良い解釈だって言われても構わない。これまでもずっと、そうして生きてきた。
『禰󠄀豆子ちゃん』
呼びかけに音が跳ねる。これから何が起きるのか、期待はこちらに筒抜けだ。
案の定、彼女は拒まなかった。
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